Matのジオログ
『My ブログ』
《考古学&古代史の諸問題》
《参考:年表・資料》
≪焼酎と泡盛の来た道≫
酒池肉林で殷が亡びてのち、
王子の箕子(キシ)は東に移って国をたてた。
「箕子朝鮮」がそれである。
その子孫の準王は衛満という男に国を乗っ盗られ、
海を渡って逃れ、海の彼方に住んで朝鮮とは相往来せずとある。
半島から海を越えて逃げこむ国といえば九州のほかに考えようがない。
これは紀元前2000年ごろの史実である。
「インドからのコース」
アレクサンドロスの東征によって、
ギリシャ人がインド北部に仏像などの造像文化を
もたらしたことはよく知られている。
その後約1世紀。
アショカ王が四方に仏教宣布団を派遣。
東方へはソナカ王子を団長とする組が旅立った。
日本書紀をみると崇神天皇紀にソナカ王子が
朝貢して来たという記事がある。
仲衷天皇と神功皇后もソナカと読める名をもっている。
そして日本の古代文化ことに神道は、
インド教と仏教との混合した原始仏教の証徴を大量にもっている。
それはすでに祇園山鉾などでおわかりのとおりである。
「写真」
フィリピンのヤシ焼酎
<山地民族コース>
「焼酎のルーツ探検記」のように、
インドから東へのコースには
タイの山地民族や台湾の高山族のような人々が、
いまだに非蘭引系の逆ドーム型焼酎甑を伝えている。
これはソナカの東行コースと結びつけて考えることのできる遺物である。
その焼酎甑は今なお南九州に健在で、
はっきり泡盛の蘭引と区別できる姿をとどめている。
焼酎は日本人のルーツと深い関係のある重要な文化財なのである。
① シュメル蒸溜器文化 紀元前3000年代
② 殷人日本移住 縄文時代
③ アレクサンドロス東征 紀元前4世紀
④ アショカ王 宣教師団派遣 紀元前3世紀
⑤ 弥生時代人渡来 紀元前3世紀ごろ
⑥ 泉州焼酒渡来 15世紀
⑦ シャム(タイ)から泡盛技術渡来 16世紀
⑧ ポルトガル蘭引渡来 16世紀
※出典:焼酎入門・88~89頁
≪参考リンク≫
『古代史獺祭』
『三国史記』
『三国遺事』
『三国遺事』
『電子大藏經』
『倭・倭人関連の朝鮮文献』
『朝鮮の歴史』
《参考》
ARPACHIYAH 1976
高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
(アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている)
牛頭を象った神社建築の棟飾部
本生図と踊子像のある石柱
Tell Arpachiyah (Iraq)
Tell Arpachiyah (Iraq)
ハラフ期の土器について
ハブール川
ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
ARPACHIYAH 1976
高床式神殿
牛頭を象った神社建築の棟飾部
神社のルーツ
鳥居のルーツ
0 件のコメント:
コメントを投稿