2015年1月13日火曜日

日本古代王族の婚姻系譜⑧


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 『My ブログ』
 《考古学&古代史の諸問題》 
 《参考:年表・資料》

 Matのジオログ
 さいたま朝日WEB
 『日本創世紀』:倭人の来歴と邪馬台国の時代小嶋秋彦

 出典:柿本一征(かきもとかずゆき)・言語復原史学会正会員

 ≪日本古代王族の婚姻系譜≫

 「ヒメをめぐる雑考」

 さて、記紀神武天皇といえば、古事記の皇后選定段に

 「富登多多良伊須須岐比売命

  亦の名は比売多多良伊須気余理比売」

 という名があり、

 続いて

 「七媛女(ななおとめ)…その中に伊須気余理比売ありき、

  ここに大久米命(が云々…)」

 という部分がある。

 「七媛女」といい「八少女、八美女」というのは、

 古代の「ウーマンズ(ウイーメンズ)ハウス」とかかわる表現であろう、

 七と八の意味の鮮明は省略(僕はまだ解明していない)、

 大久米は倭・久(留)米でもあるのではないか、

 などと乱暴(?)な解釈で通過するとして、

 富=穂(=種子島)、登=投(馬国)(十島村やトカラ列島)、

 多多良=立(辰)の国(種子島であり、

 また徳之島町手手、武堆市立岩〈山の名または山中のある箇所の名》)、

 良伊=雷(雷山列石遺跡)、伊須須=伊勢の=伊邪国(鹿児島県伊作都)、
 
 気=岐=霧(之国)、比売(「ヒメ」タタラ…の方のヒメ)=姫=

 姫木山(鹿鬼島県隼人町国分市の境)、

 余理=依=ユイ=イエ=伊江島、壹国=イエッマ

 (加治木先生通信講座・現在も進行中)、

 などの名乗りが復原されるから、

 これはあきらかに壹與の名乗りでもある

 (この部分はP133加治木義博「邪馬壹国の風雲」

  魏志倭人伝詳解2原語復元史学会参照)。
 
 もっと強くこだわると、

 富登=太=フツ=仏=仏教、多良=多羅=倭国、

 多多須=(タンバヒコ・タタス・道主王《御中主》)のタタスで、

 これは天御中主神の別称か?

 (アーガタは如来、タターガタは如去を意味する

  パーリ語という研究がある)。


 ≪参考リンク≫

 『古代史獺祭
 『三国史記
 『三国遺事
 『三国遺事
 『電子大藏經
 『倭・倭人関連の朝鮮文献
 『朝鮮の歴史

《参考》

 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 
 


 牛頭を象った神社建築の棟飾部

 本生図と踊子像のある石柱

 Tell Arpachiyah (Iraq) 
 Tell Arpachiyah (Iraq)     
 ハラフ期の土器について
 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿
 牛頭を象った神社建築の棟飾部
 神社のルーツ
 鳥居のルーツ

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